ハラスメント対策シリーズ:10

3.労働者の意識変化
(1)ストレスとコミュニケーション
前節でみたような日本的経営の構造変化とともに、労働者の意識も変化しています。ハラスメントが起こる背景のひとつに、ゆとりのない職場で感じるストレスがあります。
国際比較調査グループISSP(International Social Survey Programme)が2015年に行った仕事(Work Orientations)をテーマとする世論調査(*)では、日本は4人に1人がハラスメントを受けたことがあると答えました。
(*)調査の対象者は全国の16歳以上の男女で、日本の有効回答数は1,573人であった。世界38か国が参加している。
この調査では、職場のストレスや人間関係についても聞いています。この質問は2005年の結果と比較ができ、この10年間で職場環境が悪化していることがわかります。仕事でストレスを感じることが「いつもある」「よくある」と答えた人の合計は12.6ポイント増加している一方、「まったくない」は3分の1に減少しているのです。
また、職場の人間関係については、「経営者と従業員の関係」と「職場の同僚同士の関係」に分けて聞いていて、いずれも10年前に比べ「非常に良い」が半減し「少し悪い」が増加しています。

図表2-5 仕事でストレスを感じる頻度    

図表2-6 職場の人間関係の悪化

ストレスを感じている職場ほど、人間関係の悪化が見られ、ハラスメントにつながる傾向がみられました。10年前と比較しても、より厳しい競争環境下で働くようになっています。そこには女性、高齢者、外国人、障がい者、LGBTなど多様な人材が、さまざまな価値観をもって働いています。ハラスメントが起こりやすい職場環境にならないよう、風通しのよいコミュニケーションが欠かせないでしょう。

(3)若者と組織風土
若者の意識も変化しています。若者の仕事に対する考え方と組織風土のずれもハラスメントの一因となります。日本生産性本部の調査(*1)「デートの約束があったとき、残業を命じられたら、あなたはどうしますか」の回答と大卒求人倍率(*2)を重ね合わせてみたのが、次のグラフです。
(*1)平成 31 年度(2019年)新入社員「働くことの意識」調査、この調査の歴史は古く、1969年から日本生産性本部での新入社員研修を受けた研修生に毎年聞いている質問がある。
(*2)1987年から実施しているリクルートワークス研究所『大卒求人倍率調査』
図表2-7 デートか残業か 若者の意識変化

残業を断ってデートする人が37%と最も高かったのは、大卒求人倍率も2.86という売り手市場であった1991年です。それ以降求人倍率が下がるにしたがって、残業をするという答えが高まり、2011年にはデートを優先する人が13%にまで減りました。しかしそれを底に、求人倍率は2019年には1990年初頭レベルの36%となっています。
「残業について、あなたはどう思いますか」という質問には、「手当がもらえるからやってもよい」が増加する傾向にあります。残業をしないのではなく、用事があるときは断れると考えるようになってきたのではないでしょうか。
図表2-8 残業に対する考え方

用事があっても残業することを、会社への忠誠心と見なすような組織風土は、ハラスメントの温床になりかねません。若い人材の採用、定着のためにも、組織風土も変革が必要です。

(4)雇用形態と人材の多様化
職場で働く人が多様化しているだけでなく、雇用形態も多様化しています。前節でみたように、有期雇用の非正規労働者は女性に多く、子育て中の女性の再就職のケースだけでなく、初職が非正規雇用のケースも見られます。今まで比較的同質だった日本の職場が多様化に対応できないと、摩擦やあつれきからハラスメントにつながりかねません。
非正規で働くシングル女性を対象に行った調査(*)では仕事に関する悩みや不安の複数回答では、「収入が少ない」82.4%「雇用継続(解雇・雇止め)の不安」59.4%「人間関係」21.1%となっています。「パワー・ハラスメント」と「セクシュアル・ハラスメント」を合計した「ハラスメント」は19.5%で、特にパート・アルバイトでは22.6%です。弱い立場のパート社員などが、仕事を失うことを恐れて声を上げにくい状況はないか留意しましょう。
(*)2015年 (公財)横浜市男女共同参画推進協会 (一財)大阪市男女共同参画のまち創生協会 (大)福岡女子大学野依智子教授 非正規職シングル女性の社会的支援に向けたニーズ調査
図表2-9 非正規職シングル女性 仕事の悩み

国際労働機関(ILO)は2019年創立100周年を記念した「仕事の未来世界委員会」報告書(*1)の中で、人間らしく働きがいのある仕事の未来のために人を中心にすえようと提言しました。また、「私たちは経営者として、組織の長として、自社、自組織の取り組みはもちろん、すべての職場におけるハラスメントをゼロにすることに賛成します」という主旨に賛同する企業、大学、団体、自治体のトップが「ハラスメントを許さない」という決意を「ゼロハラ」宣言(*2)として公表する動きが日本でも広がっています。
  (*1)ILO駐日事務所 仕事の未来
  (*2)#We Too Japan

4.性別役割分業意識
「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という性別役割分業意識で、「男だから」長時間労働は当たり前とされ、「女だから」家事・育児と両立するために非正規雇用を選ぶ、男女ともに働きにくい職場になってはいないでしょうか。
OECDのジェンダーインデックス(*3)の中に家庭責任の指標として、1日の家事などの無償労働の時間の男女比(家事分担比)が、職場での権利の指標として、管理職に占める女性の比率(管理職女性比率)があります。
(*3)Social Institutions and Gender Index (SIGI)、家族内での差別、身体的な制約、生産・経済上の制約、社会的自由の制約の4つの観点から様々な指標を集計

先進27か国の数値をグラフにしてみました。横軸の家事分担比が1に近づくほど、縦軸の管理職比率が50%に近づくほど、つまりグラフの左上ほど男女の割合が等しいということになります。

図2-10 家事分担比と管理職女性比率

このグラフから男性がより家事を分担するほど(より左にいくほど)、女性の管理職比率も増す(より上にいく)ように読めます。また、多くの国が家事の分担では女性が男性の1.5倍程度で、管理職女性の比率も30%以上であるのに対し、日本と韓国が他の国からどちらの数値も大きく外れた特殊な状況にあるということもわかります。
 男性の長時間労働や長い通勤時間を減らし、家事・育児をする時間が取れるようになれば、女性も非正規雇用から正規雇用の管理職として働けるようになるのではないでしょうか。家庭での家事・育児の担い方の変革を可能にする働き方改革が必要でしょう。
政府は新たに2020年代の可能な限り早期に女性管理職比率を30%程度に(*1)、2025年までに男性の育児休業取得率を30%とする目標を掲げました(*2)。この2つが両輪であることを上のグラフが示しています。
(*1)2020年「第5次男女共同参画基本計画」閣議決定
(*2)2020年「少子化社会対策大綱」閣議決定

JDIOダイバーシティ・シニアコンサルタント 中山史子