ハラスメント対策シリーズ:11

第3章 アンコンシャス・バイアスとは?

企業のダイバーシティや働き方について、新たな法制度や施策が続いています。2020年6月にはパワーハラスメント防止法が施行されました。これらの成否に関わる課題として「アンコンシャス・バイアス=無意識の偏見」があります。無意識の偏見は、他者や他集団に対する不適切な思い込みを生み、ハラスメントや差別の温床となったり、多様で生産的な組織づくりを阻む「見えない障害」となったりします。
本章では、個人と社会にとって無意識の偏見とは何か、どうすれば克服できるのかを、ジェンダー論や社会心理学的研究を基に考えていきます。

1.アンコンシャス・バイアスとは何か?
(1)人間は皆バイアスをもっている
人は一般に「自分は良識的であり客観的に物事を判断できる。偏見は持っていない」と思っています。しかし事実は逆であって、脳科学者の池谷裕二氏は「脳には『自分にはバイアスがない』というバイアスがある」と言います。この意識せざるアンコンシャス・バイアス(Unconscious bias)(以下、無意識の偏見)は、合理的根拠を持ちません。多くの実験研究や調査結果によりわかってきたことは、無意識の偏見は、周りの環境から知らぬ間に影響を受け自らの中に作り出す観念ということです。

例えば「男性は車の運転が女性より上手」~実は運転が上手な女性や下手な男性も多い。「親が単身赴任」と聞くと「父親が単身赴任なのね」と思い込む~今どき女性の赴任も多い。また、血液型で性格を想像したり「女のくせに△*%」と思ったり・・・皆さんに覚えはないでしょうか? いずれも合理的な検証なしに「当たり前」のように思い込んでいることなのです。
図表3-1は、「95%以上が“自身の偏見”を認識」という連合の調査結果です。「単身赴任」に 男性を想像、「お茶出し、受付」に女性を想像といった無意識の偏見に係る内容20項目のうち、「思い当たる」が1つ以上の人は95.5%とほぼ全員、最多件数は4件(11.0%)、一人当たり平均件数は5.7件でした。
図表3-1 一人あたりのアンコンシャス・バイアスを認識した件

出所:「アンコンシャス・バイアス診断」日本労働組合総連合会 2020年6月~11月
回答者数50,871名

さて、人はなぜ合理性なく思い込むのでしょうか。社会心理学の知見では、人の脳には元もと思い込みや決めつけの傾向が強くあり、200以上の無意識のバイアスが存在するそうです。このバイアスを生むメカニズムは防衛機制といわれます。自我の安定性を揺るがすものから自分を守ろうとして無意識に働く、それが防衛機制です。
人間は、他者を含む環境と交わるとき、防衛機制が始まります。母胎から外界に出た「人」は、まず物理的・精神的(=心理的)に環境を受容するしかないのですが、同時に肯定・抵抗・防衛の相互作用を始めます。生存と成長の過程はこの繰り返しであり、精神の拡張も外界の環境要素から象(かたど)られていきます。人間が、生きる時代や歴史・文化などの環境により異なる姿を見せるのは、この存在の仕方によるのです。
環境との相互作用に関わる心理メカニズムには、隔離や否認、置き換え、合理化などのいろいろな¨装置¨があります。都合のよい作用をするので「開き直りの集大成」と言われたりしますが、周囲と折り合いをつけ、不快から身を守るために誰にでもある心の働きなのです。

(2)「固定観念+感情」=偏見、「偏見+行動」=差別
防衛機制では、人の属性や特性をもとに先入観や固定観念をもって決めつける「ステレオタイプ」や、自分に都合のいい情報に目がいく「確証バイアス」、環境変化や危機が迫っても「私は大丈夫」と都合のいいように思い込んでしまう「正常性バイアス」などの心理メカニズムが知られています。*図表3-2参照
中でもステレオタイプは偏見や差別とつながりやすいため注意が必要です。ステレオタイプは、ある集団(カテゴリー)の人々に対して、特定の性格や資質をみんなが持っているように見えたり、信じたりする認知的な傾向のことです。このステレオタイプに好感や嫌悪、軽蔑などの感情を伴わせると「偏見」になり、ステレオタイプや偏見を根拠に不平等な行動をとると「差別」となります。

人は社会を構成して以来、性差や年齢、人種などのさまざまなステレオタイプを作ってきましたが、それには理由があります。このタイプ認識のおかげで相手を即座に判断し、適切と思われる対応をとることができるからです。ステレオタイプは効率的な防衛機制でもあるのです。しかし過度な一般化をしたり、状況変化に気づかずにいたりすると偏見に転化するのが問題です。社会や人が多様に交わる現代では、固定観念の効率性は警戒すべきものとなるでしょう。不完全で不明な認識状況にある「不確実性の時代」(J.K.ガルブレイス)には、固定観念は常に懐疑の対象として意識的に扱う必要があるのです。
図表3-2 無意識の心理メカニズム

(出所:『「アンコンシャス・バイアス」マネジメント』守屋智敬著 を一部加工)

(3)問題視の端緒とバイアス研究の歴史的経緯

  偏見や差別による不公正が社会的課題として認知されたのは1920年代以降、端緒は黒人やマイノリティーへの人種差別とされます。それは同時に無意識の偏見に対する社会学や社会心理学アプローチの歴史でもありました。

1920年代以前は、人種間の相違は(自然の)生物学的要因であって、知性や道徳性において劣った集団に悪感情を抱くのは自然な反応、したがって隔離や排除、支配は当然という正当化がありました。それが第2次大戦後、大国の植民地支配に対する独立運動や60年代アメリカの公民権運動により、異人種への悪感情や蔑視には合理的根拠がないとする平等主義的人種観が優勢になります。しかし、白人の態度が変化しないことから、社会構造的・心理的背景の研究が進むこととなりました。

具体的には、欲求不満と攻撃に関する理論=精神力動論(ナチスやホロコーストの力への追従と弱者への加虐性はある種の人格障害、とする人格心理的アプローチなど)、また、偏見・差別は個人の病理ではなく、集団間の競争関係や利害対立といった集団関係や社会構造に関係するという、社会的アイデンティティ論などの集団アプローチ。一方で、偏見・差別は人間の適応的現象という、現在につながる認知的アプローチなどが挙げられます。認知的アプローチは、適応上有用な様々な認知規制をあぶりだし、偏見・差別を課題とする平等主義に対する限界感を生む作用もありながら、認知の構造と否定的要因を明らかにする点で「その先」の課題を示すものでもありました。

本論のテーマである「無意識の偏見」は、1980年代から米国で盛んに研究されるようになります。人種やジェンダーに対する差別の背景にある、と認識されてのことです。それが産業界で重要なトピックになるのは2010年代。グーグルやフェイスブックといったIT企業が、自らの組織が多様性の高い組織とは程遠い状態であり、それが生産性を阻害すること、背景には無意識のバイアス問題があることを危機感とともに表明したのがきっかけです。

  本資料に通底するテーマである「多様性の受容」は、地球の自然的資源や人的資源の有限性から「地球的課題」とまで言われ、人的資源領域の重要課題となっています。この時代に産業界が「偏見・差別」を課題視できたのには、長いバイアス研究の蓄積が必要でした。

(JDIOダイバーシティ・シニアコンサルタント 油井文江)