ハラスメント対策シリーズ:14

(4)日本でのジェンダー・バイアスの特徴
ジェンダー・バイアスは社会的性差と訳されるように、社会が作り上げる差別のことです。国や時代の物的(経済や社会構造)・心的(認識や情緒、行動様式などの文化)状態に合わせて形成されます。偏見・差別の歴史を見ると、社会の統治や秩序維持のために「意図して作られた」性格が明らかになります。

日本のジェンダー・バイアスの歴史を見てみると、男尊女卑の考え方が生まれ、性差別が顕著に社会化したのは江戸時代以降のようです。

① 江戸時代の男尊女卑・嫡男至上主義
武力で世の中が統治される時代は、筋力に劣る女性は劣位になる(武家の家系に生まれても女性は武士となることはできない)。武家は「家相続意識」が色濃く、女性は子を産む役割に。農・工・商の身分では、女性の位置づけや働き方は異なるが男尊女卑は共通した。

② 儒教思想の影響
江戸時代は封建社会の統治原理として、身分制秩序を掲げる儒教思想を用いた時代。儒学者貝原益軒による教育論書「和俗童子訓」は、「いい女とは、主人や舅姑に慎みをもって仕える・子どもを産める・男の言うことをなんでも聞くなどの女のこと」、「悪い女とは、子どもを産めない・悪い病気になる・おしゃべりが過ぎるなどの女のこと」と教え諭した。

③ 明治期の家族制度は男性至上主義と父権主義
明治期には父権による家族統治が行われた。家督は男性が継ぎ、参政権は男性のみ。姦通罪は女性のみに課せられ、質草やモノとして扱われる女性も稀ではないなど「男尊女卑」が制度化された社会といってもよい。

⓸ 大正~昭和初期の女性解放運動
平塚雷鳥(ひらつか・らいちょう)らの「女性の権利の回復」をめざした女性解放運動が法整備や社会通念の転換を進めたが、戦時体制強化のための家父長制の徹底や思想弾圧によって急激に頓挫する。

⑤ 戦時中は「良妻賢母」一色
女性には「夫を支え、お国のために働く子を育てる良妻賢母」主義を徹底。富国強兵策「堕胎罪」を創設し、女性に「産めよ増やせよ」を強いた。女性の地位や権利、人権は奪われた。

⑥ 戦後 法治国家へ
「婦人参政権」が実現。男性主権・男性限定だった権利保護の対象が女性にまで拡大した。しかし続く昭和の経済成長と平成の時代を経てなお、江戸時代からの男尊女卑の意識を脱却できず、いまだに「女性活躍推進」とうたわなければならない状況にある。

⑦ ジェンダー平等の遅れ
1970年代は産業の生産性重視による「性別役割分業」を定着させ、世界がジェンダー平等に「本気で」向かった1990年代以降も日本は「女性は家事+非正規労働」路線だった。「2020年までに指導的地位に就く女性割合3割」の目標も実現できていない。

⑧ 制度は充実
ジェンダー平等に関わる法制度面は欧米より早く整備が進んだ。しかし、実体面では欧米より20~30年遅れとみなされる。社会の本気度がうかがわれる特徴だ。

⑨ 根強い性別役割分業意識
1960~70年代の経済成長期に定着した性別区割り分業意識。「男は仕事、女は家庭」の役割固定が進み、「男性の長時間労働と女性の家事+非正規労働」の組み合わせが確立。経済力を持つ男性優位、無償労働の女性劣位の文化を強めた。

⑩ 労働力不足
1980年代以降少子化傾向が続いたが、家族主義的な偏見から、男性・女性の役割分業が持続。ワーク・ライフ・バランスや仕事と家庭両立支援が講じられたがさほど功を奏さず、1世紀単位の少子化社会に入ってしまった。

⑪ 世代間の意識差が顕著
1980年代以降に生まれた「ミレニアル世代」はジェンダー平等に敏感だが、中高年層は男尊女卑の観念が強い傾向。高年齢の指導層から「女性はわきまえて」などの本音が飛び出す。

⑫ メンズクライシス
性差別文化の変動が「男性性の危機」を生み出す。男らしさの固定観念が揺らぐ危機意識や、既得権益が壊れる剥奪感、DVの増加、男性の高い自殺率などが現れる。 

見てきたように、バイアスが人や社会により作られたものであるならば、人の手で「意図して変える」ことができるでしょう。世界標準から見ると日本の動きは遅かったですが、ハラスメントや偏見・差別の課題化は、いまいる社会の物的・心的状態が必然的に浮上させたものと言えるでしょう。

5.無意識の偏見をなくすには

(1)無意識の偏見を減らす・解消する3つのアプローチ
偏見は人間に備わった適応的な心理機制の副産物であり、完全に無くすことは難しいとされますが、努力次第で減らすことはできます。偏見や差別を減らすには、まず偏見とは何かを知ることが第一歩と述べました。それは無意識の意識化ということです。 

① 認知過程での抑制
意識的に思考をコントロールすることです。そのためには意識する動機(例:平等を肯定する信念や相互依存関係)を持つことや、ステレオタイプの影響を自覚する(例:人はみな偏見を持っている)、そして十分な認知資源を持つことが大事になります。

② 偏見自体を減らす=偏見の是正
偏見は相手への無知や誤解に基づくものなので、「接触機会を増やし、真の姿に触れれば自ずと偏見はなくなる」(接触仮説)。有効な接触には、地位の対等性(高い立場は低い立場をステレオタイプにとらえやすい)や、スポーツチームのような協働性、法律や制度、規範などの社会的・制度的支持、また十分な頻度、期間、内容のある親密な接触性が大事になります。

③「現状」自体を変える
偏見や差別はシステム正当化動機による「現状に従属的」な心理メカニズムなので、現状を変えずに「意識を変える」だけでは限界があります。例えば女性管理職や家事をする男性が増えるといった、非伝統的性役割の男性や女性が増えれば、それが「現状」となり偏見や差別の低下につながるのです。女性活躍での「クォーター制」(*1)やポジティブアクション(*2)、ロールモデルづくりなどの狙いがこれに当たるといえます。
(*1)議員や会社役員などの女性の割合を、あらかじめ一定数に定めて積極的に起用する割り当て制度のこと。
(*2)社会的・構造的な差別によって不利益を被っている人々に対して、一定の範囲で特別の機会を提供することなどにより、社会的差別を是正すること。企業においては、男女の実質的な機会均等を実現することを目的として、働く意欲と能力がある女性の活躍を推進するために、積極的に登用・選抜するなどの自主的に行う取組を指す。

(2)身近な「知る・意識する」努力を
組織内で無意識の偏見を解消する上で、以下に挙げる研修などの手法が有効です。
① 無意識の偏見を知る研修
・「無意識」の自覚からスタートする認知テストや自己認知トレーニング、体験研修、具体例が明示された認知評価や仕事上の思い込みの例を書き出すワークショップ、多様な属性とのロールプレイング研修など。
・認知テストやアンケートでは、具体例を示しながら何がアンコンシャス・バイアスなのかを確認していく行為は、無意識の決めつけや偏見に気付くチェックリストともなります。
・ロールプレイなどで感じたことを発表しあうと、普段の「無意識」を自覚することができ、社内のムードも変わってきます。

② ダイバーシティによる人事管理
・違いや多様性の受容をマネジメントで実施
意識改革が必要なテーマなので、導入研修や、多様な属性とのコミュニケーション力を高めるロールプレイング研修などの「ダイバーシティ研修」を属性や課題ごとに分けて実施。評価におけるブラインドオーディション(不要な属性データを排除して評価)も有効です。
・偏見是正のPDCAを中長期にわたり組織的に行います。

(3)自身の偏見に気づく
無意識の偏見がもたらす問題は「自分には偏見が無い」と思うことから始まります。自身の偏見に気づき、正しい知識を身につけることが問題解決の第一歩になるでしょう。個人の偏見レベルを測定するテストにImplicit Association Test(IAT)があります。ハーバード大学等が開発した信頼度が高いセルフチェックのツールです。試してみてはいかがでしょうか。利用は無料。サイトは下記。
https://implicit.harvard.edu/implicit/japan/

(JDIOダイバーシティ・シニアコンサルタント 油井文江)