ハラスメント対策シリーズ:5

5.裁判例・判例からみたポイント
ハラスメントの話題になると、「どこからがハラスメントにあたるの?」という質問を受けることがあります。判例・裁判例の読み方には、注意が必要です。会社や加害者に対し、請求が認められなかった例もありますが、そうした例が、「許された行為」として認定されたわけではありません。

①立証責任は被害者の側にありますから、事実としてハラスメントがあったとしても十分なり証拠を揃えられず立証できなかった場合もあります。
②また、被害者が主張する法的構成では認められなかっただけで、別の法的構成では認められた可能性もあります。
③さらに、「社会通念」が基準となりますので、その時点では法的責任を認めるほどの行為としては認定されなかったとしても、時代の進展により、判断が変わる場合も考えられます。

「どこからがハラスメントにあたるの?」という疑問の根底には、ハラスメントと疑われるような行為が、会社にとっては利益を上げるために必要なのだという意識がある場合があるようにも思われます。むしろ、「4(2)パワーハラスメントの予防・解決の取組の効果」で記述されているように、パワーハラスメントの予防・解決の取組が、管理者が適切なマネジメントが行えるようになり、従業員の仕事への意欲を高めるなどの効果を生みます。

Googleの研究チームが「誰がチームのメンバーということより、チームの協力体制がどのようなものかが重要で、協力体制の中で最も重要なのは心理的安全性。心理的安全性が高いチームは離職率が低く、収益性が高い」と結論付けたことが注目されます。「どこまでが許されるか」を探るのではなく、むしろ、ハラスメントのない安心できる職場を積極的に追求することが会社の利益になるということを理解する必要があります。

(1)「被害者が抗議・抵抗しないこと」~明確な抗議を行ってなければ許容されるか?
海遊館事件(最1小判平成27年2月26日(平成26年(受)1310号))
大阪高等裁判所では、加害者(原告)のセクハラ行為に対し、被害者が明確な抗議を行っていないことを加害者に有利な事情として斟酌しました。しかし、最高裁判所は、「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたり躊躇したりすることが少なくない」とし、明確な抗議を行っていないことを「有利な事情とは考慮できない」としています。
(2)「同僚からのセクハラと会社の責任」
福岡セクシュアルハラスメント事件(福岡地判平成4年4月16日(平成元年(ワ)1872号))
加害者(同僚)は、社内や取引先に対し、被害者の異性関係が乱れているといった発言を繰り返していました。これに対し、会社の専務は、加害者と被害者の確執を解消できなければ被害者に辞めてもらうと述べ、被害者は退職することになりました。福岡地方裁判所では、「職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務もある」として、加害者のみならず、会社の責任を認めました。
(3)「グループ会社の責任」
イビデンほか事件
最高裁判所は、グループ全体のコンプライアンス体制の一環として、グループ会社の従業員が相談できるコンプライアンス相談窓口を設けた場合、相談に対し適切に対応すべき信義則上の義務を負うとしました。直接の雇用関係がなくても、親会社等に責任が生じうる場合があるとしました。
規制緩和・企業による人件費の変動費化・働き方の多様化などを背景に、ギグワーカーなど請負・業務委託契約等に基づき、直接の雇用関係にない方々も、会社のために働く時代が到来しています。請負や業務委託契約に基づき会社のために働く方々は「労働者」ではないため、労働施策総合推進法の定義にいう「パワーハラスメント」の対象には該当しません。しかし、実態としては労働者より会社との力関係の優劣が存在する場合が多いと考えられます。
雇用関係にないとして、パワーハラスメントの定義に該当しないとしても、民事上・刑事上の責任を問われうることには変わりはありません。三菱重工神戸造船所事件(最判3.4.11)では、元請企業と下請労働者間の「実質的な使用関係」が認められる場合、元請企業の下請労働者に対する安全配慮義務を認めています。

事例として、イオンが、サプライヤーへも従業員の人権を尊重するよう求めた「イオンサプライヤー取引行動規範」を制定したことが注目されます。「イオンサプライヤー取引行動規範」では、サプライヤーに対し「事業活動のすべての場面で、身振り、言語、身体の接触を含む、いかなるハラスメント行為も許さないこと。」を求めています。

企業は社会の公器として社会に対する責任を負っています。SNS社会の到来で、会社という密室の中で行われているハラスメント行為も広く世間に明るみになることも珍しくなくなりました。ハラスメント行為の放置が、広く会社の働く方々のみならず、顧客を失うことにつながります。

(JDIOダイバーシティ・シニアコンサルタント 青柳由多可)