人を大事にする「働き方改革」の進め方(2)
JDIOダイバーシティシニアコンサルタント 油井文江
働き方改革~人材確保、生産性・収益アップの実践へ
企業の人材難による業績の伸び悩みや、事業縮小・撤退に及ぶケースが少なくありません。「働き方改革」は、人材の枠を拡げ、かつ一人ひとりの生産性を高めて労働力不足に立ち向かおうとする改革です。しかし現実には、進め方に戸惑う企業が多かったり、「改革をやったら経営が成り立たない」と考えたりする経営者が少なくありません。
そこで、6回に分けて改革の内容と必要性、またその具体的ノウハウを考えていきます。
各回の内容は次の通りです。
- 1回目:なぜ働き方改革なのか―①
- 2回目:なぜ働き方改革なのか―②
- 3回目:働き方改革=「人(ひと)大事」のマネジメント
- 4回目:労働生産性の高め方
- 5回目:働き方改革の進め方
- 6回目:「人材確保」「人大事」を実現する人事・労務施策、支援施策など
2回目:なぜ働き方改革なのか― ②
③ 人材の質的確保
人材の質的確保においても働き方改革がカギです。「質」とはいきいきとモチベーション高く、生産性が高い働き手のあり方を指します。ここで、質に係る課題が浮き彫りになるデータを見ておきましょう。
a.主要国中1位の長時間労働、21位の生産性
日本人の労働時間は、2018年総務省「労働力調査」によるとフルタイムの一般労働
者は年間1986時間。OECDデータでは世界主要国中1位。2位韓国1967時間、3位米国1792時間、英国は1513時間、ドイツは1305時間です。日本の数値は、厚生労働省による使用者に対する調査「毎月勤労統計調査2018年」の1706時間とかい離しますが、両者の差は、短時間労働者が母数に入ることと、不払いのいわゆるサービス残業時間が存在するためです。
一方、日本の労働生産性は国際比較において21位と低いです(図5参照)。OECD データ に基づく2018 年の日本の時間当たり労働生 産性は4,744 円で、加盟 36カ国中21位。米国の6割強で、1970年以降は先進7か国中最下位が続いています。
図5 OECD諸国の時間当り労働生産性
b.働き手のモチベーションが低い
次の図6では、働き方改革に取り組んでいる企業において、コスト削減やイノベーションは進行したが、「従業員のモチベーションが高い」は13.7%でした。日本人の愛社心や仕事意欲に関しては、愛社心を意味するエンゲージメントが「高い」が先進国中最下位の6% (米国は32%)、世界139か国中132位との結果もあります。生産性を考える上で、モチベーションは重要な要素なだけに、従業員のやる気を高める改革の進め方が大きな課題です。
図6 働き方改革による過去2~3年の状況
図7 企業規模別従業員一人当たり付加価値額(労働生産性)の推移
④「労働投入型」の見直し
日本人の長時間労働、低生産性、低いモチベーションなどの諸データは、これまでの働き方である「労働投入型」の限界を浮かび上がらせます。労働投入型は長時間労働の誘因となり、従業員の思考停止型の就業や低コミットメント、制約人材(ワケあって働きづらい)の再生産、生産性低下、さらには組織の荒廃を生じさせる。こうした限界やマイナスを教訓として、働き方改革を考える必要があります。
(5) 人口動態、産業構造の変化と求められるイノベーション
①人口動態がもたらす働き方の変化
ハーバード大学のデービッド・ブルーム教授が「人口ボーナス期」と「人口オーナス期」という論点を提唱。人口ボーナス期とは、高齢者が少なく労働力が豊富なため、社会保障費が少なくて済み、経済が発展しやすい期を指します。日本では1960年頃に始まり1990年代半ばに終了しました(図8参照)。
この期の働き方の特徴は次のようになります。
- 男性が働く、長時間働く、同じ条件の人が働く
- 早く・安く・大量に作って勝つ。均一なモノをたくさん提供する
- 労働者は代えが効くため立場が弱い、一方の経営者は強く、労働者を一律管理する
対する人口オーナス(onus 意味は重荷、負担)期は、年少者が少なく、高齢者が多く、働く世代が多くの高齢者を支え、社会保障制度の維持が困難になる期です。典型的な問題として労働力人口の減少を抱え、現在の日本の状況がこれに当たるとされます。この期の働き方は次のようになります。
- 男女ともに働く、短時間働く、違う条件の人が働く
- 労働力不足で女性が働くため、男性も育児や介護負担が制約になる
- 時間当り労働コストが高くなる、頭脳労働の比率が高くなるが人材難である
図8 日本の人口ボーナス期と人口オーナス期
②産業構造の変化とイノベーションの担い手
一国の産業構造は、経済の成熟とともに1次から3次産業に比重を移すという「ぺティ―クラークの法則」が知られています。「経済が成長していくと当初の農業等の第1次産業就業者が多く占める段階から、次第に製造業等の第2次産業就業者が増加し、次いでサービス業等の第3次産業就業者も増加を始める。第2次産業は停滞から減少へと推移し、最終的には第3次産業が就業者の大部分を占めていく」というものです。
日本経済もこの推移をたどり、内閣府等統計データでは1994年以降2014年までの20年間で第1次産業は横ばい(名目GDP比率1.2%)、第2次産業は34%から24%に低下、第3次産業は67%から75%に変化、近年も第3次産業が75%前後です。
製造業のサービス化も進み、有形財だけの取引から無形財と組み合わせるビジネスへと変化。競争優位は、無形財サービスが生む顧客満足やソリューションビジネスへと移っているのです。
第3次産業時代の人材に求められる働き方は、身体的生産性から知的生産性を重視する方向になります。企業間競争は付加価値で争われ、投資は工場や設備といったモノよりも付加価値を生み出すヒト資源に向かう。2018年版の中小企業白書ではこれを「付加価値の源泉が『資本』」から『人材』」へ移行」と表現しました。「AI×データ」に牽引される第四次産業革命や人口動態の変化、また産業のグローバル化と高度化に対応するには、付加価値型人材によるイノベーションがカギになるとされます。
(6) 「成長と分配の好循環」を実現
ここでは働き方改革の成果とその分配の事例として、残業代削減分を社員に還元した株式会社コープデリバリーの取り組みを紹介しましょう。
株式会社コープデリバリー(従業員39名、資本金5,000万円)は、神奈川県の倉庫業者。宅配商品の仕分けや品質チェック等を行う同社は、慢性的な人材難と低い定着率が続き、一人当たり業務量の増大と残業の常態化等の課題を抱えていました。そこで残業ゼロを目指し、業務効率の改善とワーク・ライフ・バランスの実現に着手しました。
まず社長が取組開始の号令をして、3年以内に残業をゼロに、節約できた残業代は従業員に還元すると宣言。手始めとしてアンケート調査を行い、残業発生要因が仕事の属人化やコミュニケーション不足等にあると特定。ここから3年間かけて業務の見直しと改善に取り組むことになります。同社の働き方版イノベーションの始まりです。
具体的な取り組みは次の通り。
a. 社長が強力なリーダーシップを発揮
- 取組開始の宣言
- 残業代削減分の従業員への還元を判断
b. 作業のマニュアル化により多能工化、ダブルキャストを目指す
- 業務と業務フローの洗い出し、能力マップの作成、教育訓練など
- 業務過多となった部門に対する人材の融通や休暇の取得し易さにつながった
c. 社員間のコミュニケーションを促す工夫
- 1日の個々の作業フローをホワイトボードに掲示する
- 手助けが必要な社員は、ボードに「help」カードを貼り出して応援を要請
- カード裏の「ありがとう」や褒めるという動機付けが取組の成功の鍵
d. 成果を社員に還元
- 2017年度の残業時間は前年比 55%減少、残業代約580万円を削減できた
- 従業員一人当たり17.5万円を還元した
- 2018年度は、前年と同程度の生産性向上が見込めると判断し、月額 2,500 円のベースアップと残業削減前払い手当月額7,000円の合計9,500円の賃上げを実現した
同社の実践は、業務改善で生産性を向上させた点とともに、残業削減と業務効率化による利益増分を社員に分配する点に特徴があります。ここ数年、働き方改革による成果配分に新しい動きが見えてきました。日本経済新聞の大企業対象の調査(2019年9月)では、働き方改革で残業時間が減ったと答えたのは全体の3割、そのうち社員に還元している企業の割合は14.0%、検討中が22.0%でした。還元したと回答した企業の業績は前年同期比で純利益が増えたケースが多く、還元策を実施しながら業績を上げる好循環につなげていることが見て取れます。
「成長と分配の好循環」は中小企業においても多く実践されており、株式会社コープデリバリーの経営は、中小企業が「成長と分配」を実行し、社内を大いに活性化した事例として参考になるでしょう。なお、本事例は2018年版中小企業白書で紹介されています。
ヘルプカード例とありがとうカード