ハラスメント対策シリーズ:12

2.無意識の偏見はハラスメントや差別の孵化(ふか)器
(1)ハラスメント:広義には人権侵害を意味
無意識の偏見は、他者や他集団に対する不適切な思い込みを生み、ハラスメントや差別の温床に、そして多様で生産的な社会や組織を蝕む障害となっていきます。
ハラスメントは、人の属性や人格に関する嫌がらせ、いじめなどにより、相手に不快感や不利益を与え、その尊厳を傷つけることです。広義には人権侵害を意味し、「(たかが)いじめでしょ」と軽微に扱うことを許さない本質をもっています。
企業においてはは2020年6月から「パワーハラスメント防止法」により、防止策を取ることを義務付けられました。しかしパワハラと「人権」との連想や関係認識は弱いようです。「人を大事にする」という人権意識の芯がよく見えません。一方、国際的には「ビジネスと人権」のチェックや規制を強化する動きが顕著です。ハラスメントは人権問題であり「経営リスク」と認識され、重視されているのです。この人権意識が弱い点で、海外の日本を見る目は冷ややかです。SDGsやESG投資と絡んで、国際競争力の負の要素となっているのは残念なことです。

(2)無意識ゆえに望ましくない影響が続く
無意識の偏見が個人や社会に及ぼす影響について、最初に挙げておきたいのが「偏見は対他者だけでなく対自分のバイアスとしても存在する」ということです。
例えば「私は女性だから(管理職は)ムリだ」「男は強くあるべし」「おんなは可愛くなくちゃ」などは実は根拠なき思い込みなのですが、現実の立ち居振る舞いを強く規制してしまいます。男性も同じことです。「男は泣いてはいけない」と言われるのも、根拠なき思い込みです。偏見が男性を苦しめる例として、男性の自殺率が女性よりはるかに高いことを挙げてもよさそうです。2019年の日本人の自殺数は2万169人、G7中最悪の多さでした。うち7割が男性で、女性の2.3倍です。男性もあり方は様々な筈ですが、「男は弱音を吐かず」「家族のために黙って仕事」などの社会的決めつけは強いプレッシャーになります。バイアスは命を奪うこともあるということです。

一方、偏見が外へ向かう最近の例として、アジア人に対するコロナ差別(怒声や冷たい目線、時に暴力)は、偏見+無知の産物であるし、全米から世界に広がった「Black Lives Matter」は歴史的・構造的な偏見・差別社会への大抗議。「#Me too」は女性を下にみる差別への女性からの「Stop!」ムーブメントであったことなどがあります。キャリア官僚最高位の男性が見せた女性記者への偏見や態度の酷さは、社会的に忘れ難い経験でした。同様に、外国人の雇用差別や職場でのハラスメントなど、いずれも無意識の偏見が下支えするだけに、意識し解決するという合理的プロセスに乗りにくいものです。その分一人ひとりが「意識高い系」にならないと問題を根深くするばかりです。

3.合理性なき思い込みが「生産性」を下げる
(1)企業においては社員の活力を削ぐ~Googleの社員教育活動
無意識の偏見は、企業においては社員の活力を削ぎ、経営の成長可能性を阻害する。こうした着目が日本で取り上げられたのは2013年ごろ。IT大手のグーグル社が「アンコンシャス・バイアス」と名付けた社員教育活動を始めたのがきっかけです。
グーグル社は、多様な価値観を歓迎しない組織に新たな発想は生まれず、イノベーションが起きにくい。リーダーが自身の思い込みや無意識の偏った見方に気付き、意識して対処することで組織の未来を劇的に変えることができる」としました。これはダイバーシティ(多様性の受容)の本質に迫る考え方です。同社が対処すべき偏見としたのは、価値観や環境、経験など個人の生涯にわたる生成をカバーするものでした。
図表2-3 環境や性別などを背景にした無意識の偏見の種類

参考:日本の人事部「HRカンファレンス2019春」講演内容を一部加工

(2)無意識の偏見対策から「心理的安全性」の醸成、「1on1」まで

グーグル社では、社員教育活動「アンコンシャス・バイアス」に続けて、「心理的安全性」に着目しました。

心理的安全性(サイコロジカル・セーフティpsychological safety)とは、チームメンバー一人ひとりが、チーム内で気兼ねなく発言ができ、自分を安心してさらけ出せるような場の状態や雰囲気のことを指します。同社は、2016年に労働改革プロジェクトを実施し、「心理的安全性をチーム内に担保できるか否かが生産性向上のカギ」と報告しました。

そこでは「チーム成功の¨解¨はメンタルな要素」であるとして、「他者への心遣いや同情、配慮や共感」が心理的安全性を醸成し、チームのパフォーマンスを高めると延べています。ここでもベースが多様性の受容(ダイバーシティ)であると分かります。

無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)にいち早く取り組んだ同社が次に取組んだ「心理的安全性」は、世界の多くの企業に注目され取り組まれるテーマとなりました。日本企業が、他者評価を気にして心理的安全性が低く、無意識の偏見も強い(パワハラ、セクハラ、ジェンダー・バイアス)と指摘されがちなだけに、参考にしたい実践といえます。この心理的安全性を高める手法として、上司と部下が定期的に1対1でコミュニケーションする「1on1」(ワンオンワン)も今盛んに導入されています。

(3)ハラスメントは生産性を左右する問題
日本企業でも、ハラスメント問題は組織の生産性の問題とされることで、関心が向き始めました。元もと、ハラスメントのある職場は経営への信頼感や評価が低いとの認識はあったのですが、動くきっかけはやはり「業績向上」「生産性向上」なのでしょう。とはいえ社会的にハラスメント体質が見られる環境です。「パワーハラスメント防止法」では、非常に細かなガイドラインを作り、防止策を促しています。

日本企業では人権認識という¨背骨¨の弱さが懸念されるので、進めるに当たっては、人権とハラスメント課題を経営政策に(骨太に)位置付けることが望まれます。その下で、①個人間トラブルに矮小化せず、職場全体の問題として扱う、②コンプラ管理や労務管理ではなく、経営の上位課題に位置づける、③経営トップが本気になる、ことが大事になります。

労働紛争の多いアメリカでは、訴訟を含むハラスメントリスクが15兆円規模と言われます。ハラスメント対応は重大な経営リスクの課題であるため、グーグル社の例にあるように、人と組織のマネジメントが進んでいます。 日本企業の人的資源へのトリートメント(保全、改善)は、外資の20年遅れとも言われます。「たかがハラスメント」意識から脱却し、会社の評判や生産性に係る重大事項として取り組む必要があります。
(参考)職場でのハラスメント

(JDIOダイバーシティ・シニアコンサルタント 油井文江)